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“La Bombonera”の歴史 (正式名:アルベルト・J・アルマンドスタジアム) ボカの港町に住む労働者階級の青年達が作ったボカ・ジュニアーズには、スタジアム建設にかかる莫大な費用を支払う資金力がなく、建設を考案してから、場所を見つけ、着工に至るまで約18年の年月がかかった(それまでは、ボカ近辺の隣町などで土地を借り、仮のスタジアムを建設したりしたが、資金不足の為4回もの立ち退きを強いられている)。1923年からスタジアム建設が始まり、資金不足から部分的な工事を何度も中断しながら行われ、最終的に今我々が知る“La Bombonera”スタジアムが完成したのは、クラブ設立から35年後の1940年であった。建設されたこの“La Bombonera”スタジアムは、あまりにも小さなスペース(187x120m)に約5万人収容のスタジアムを作ったとして、その当時“完璧の建築物”と賞賛されたと言われている。 “La Bombonera”スタジアムが建設されて初めての試合は1940年5月25日のニューエルズ・オールド・ボーイズ戦。ボカはこの試合をアラルコンとガンドゥジャのゴールにより、見事2-0の勝利を飾っている。そして、その日から“La Bombonera”スタジアムは偉大な選手達の活躍を見守りながら、対戦相手に最もプレッシャーを与えるスタジアムとして有名になっていた。 1996年ボカ・ジュニアーズの会長としてマウリシオ・マクリ氏が就任する。そして、ボカの会長として最初に取り掛かったのが、“La Bombonera”スタジアムの改修工事である。スタジアムを支える巨大な柱をすべてコンクリートで補強し、メインスタンド側にはVIP観戦者用に個別部屋となるボックス部屋を新たに作った。過去にはセキュリティーの為、観客席とグラウンドの間に金網が張ってあったが、試合を観戦し易くする為に、更にセキュリティーを高め、その金網を全て取り外し、防弾ガラスに張り替えている。この改修工事により、熱いサポーター達と選手達の距離は更に縮まり、5万人を超えるサポーター達が入場出来るようになった。そして、“La Bombonera”スタジアムは、サッカー発祥の地、英国の地元スポーツ紙に掲載された“死ぬ前に一度は見てみたいスポーツイベントランキング”で“ボンボネーラで見るボカとリーベルのスーペルクラシコ”がナンバーワンに選ばれ、現在、世界中が注目するサッカースタジアムとしてその名を轟かせている。 |
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